2014年1月13日月曜日

主人の夢

昨年の大晦日、不思議なことがあった。

息子たちが何故か自主的に洗車し始めたのだ。

実はその前の日、次女がそのシーンを夢に見ていたのだ。

夢の中では主人が生きていて、主人と息子たちが洗車をしていたという。

次女のそんな夢など知る由もない、息子たち。

「どうして車を洗おうと思ったの?」と、長男に尋ねると

「お父さんがそうして欲しいと言ってるような気がしたから」と答えた。

4年前の今ころは、主人の葬儀が終わり、

主人のいないクリスマスや正月を迎え

主人の訃報を知らない方々からの年賀状を複雑な気持ちで受け取っていた。

今日、次女はシンガポールに出国した。
 
実は少し前にインフルエンザにかかってしまい

修学旅行のシンガポール行きを半ば諦めていたのだが

「行きたい」気持ちが回復を早めたせいか、普段よりも元気になり、主治医の了解も得て、

満面の笑で出発した。

そして次女のインフルエンザは長男に感染ってしまったのだが、

インフルエンザと知ると、我が家の秘薬「免疫宝茶」をガブガブ飲んで

あっという間に復活した。
10日後に入試を控えていたのだが、考えてみれば試験に当たらなくて良かった。

何だか、こうしていつも主人がタイミングよく導いてくれているような気がする。

今朝は久しぶりに私の夢に現れてくれた。

癌から生還する夢。

「5年経ったけど、再発してないね!もう大丈夫なんだねぇ~、本当に良かった」

と、左隣にいる主人に語りかけている自分がいた。

主人もホッとした様子だった。

目が覚めて、泣いてしまったけれど、心の中が暖かかった。

成人式

日高市の成人式に来賓で出席させて頂きました。
壇上で挨拶するからには、着物が礼儀かと思い、頑張って着物を着ました。

と言いましても、着付けして頂いたのですが・・・

年内には自分でちゃんと着付けできるようになりたいと思います。

今年の目標の一つです。
着付して下さった70歳の方が、鮮やかな手捌きで仕上げながら言われました。

「着物はねぇ、着る人の人格まで変えてしまうものです」と。

確かに帯を締めると腹が座り、自分の中に芯が通るような気がします。

所作や、姿勢、表情、言葉使い、まで変わるのが自分でも分かります。

日本人は帯を外したことで、不安定さをかかえてしまったと聴いたことがあります。

腹が座る とはそういうことかも知れません。

帯で胴回りを固めることで、気持ちまで変わってしまうのなら

形から変えていく。

着物文化を復活させることは、とても大切だと思います。

東京オリンピックの「おもてなし」は着物で!

義務教育の中に「着付け」を取り入れて欲しいと思います。

自国の民族衣装を自分で着れないなんて、考えてみれば恥かしいことです。

着付けできる人が増えれば、呉服屋さんの景気が上がり、

着物が日常になれば、茶道、書道、花道、など「道」の付く畳文化が復活し、

琴や、三味線、日本舞踊、などの伝統芸能がより身近になり、

和ダンスや、和テイストのグッズ、扇子、手ぬぐい、髪飾り、等など・・・

見直されるものがたくさんあるはずです。
教育委員に任命されてから、公の場に立つ機会が増え、

そのような場にはなるべく着物で出席しようと、昨年、思い切って着物を新調しました。

着物も「出会い」だと思います。

高価なだけに、簡単には手が出ません。

昨年、偶然に出会ってしまった反物。

色や柄、生地、全てに惹かれてしまいました。

京都の作家さんの思いも伺い、ピンときて購入しました。

歳を重ねても、長く着れそうな色柄ですし、何といっても二人の娘がいるので

いずれ、娘たちも着てくれることを想定して作って頂きました。

来年は長女が成人式。

一緒に着物姿で出席したいと思います。

2014年1月8日水曜日

川津祐介さんと

昨夜、フジテレビに俳優の川津祐介さんと私が映っていたとの連絡を何人かから受けました。

昨年、12月23日、24日の両日、川津祐介さんのトークショーと芝居を見させて頂いた時の様子。

「今でもすごい芸能人100人」という番組だったそうです。

川津さんは小さい頃からの憧れの俳優さんでしたから、お会い出来て嬉しかったです。

芝居が終わった後で、お話する機会が有り、

主人の告別式に届いた主人本人からの弔電について、報告させて頂きました。

その内容がとても胸に響いたらしく、こくんこくん頷きながら

ご自身の心臓に右手を当て、涙してくださいました。

今はまだ言えませんが、ピンと来る事があり、川津さんとご縁を持つこととなりました。

川津さんはこれまで4回も臨死体験をしており、それがきっかけで生き方が変わったといいます。

私が今関わっている日中合同制作映画「純愛」のラストシーンに

川津さんが登場しているのですが、このクライマックスシーンが誰もが号泣するシーンで

そのウラ話を知ると、なるほど~!と納得してしまいます。

今も肉体的には、いつ止まってもおかしくない状態の心臓。

川津さんが瞑想状態で書いた脚本「ユダ・イスケリオテ」の朗読劇を聴いて

私は客席で声を殺して泣きました。

体中に電流が走るような衝撃的内容でしたが、

それは、あるいは真実、実話だったからかもしれません。

聖書の中の話ですから確かめることはできませんが、私はこれが真実に違いないと

感じてしまいました。

その中身についてはまたの機会にご報告致します。

2014年1月6日月曜日

新年あけましておめでとうございます


本年も宜しくお願い致します。

長女は薬学部で勉学に励み、次女は海外に興味深々で、長男は高校受験生、次男は小学卒業します。

いつの間にかこんなに成長して、、、、

この成長過程を天国から見ている主人はどう感じているのでしょうか?

「見せてあげたかった、一緒に子供の成長を見守りたかった、、、、」

という気持ちもありますが、いつも見ていてくれている!という気もします。

4年前のお正月は主人が亡くなって2週間目。

主人の訃報を知らせる間もなく、沢山の年賀状が届き、

「おめでとう」という言葉が言えず

「生前と変わらずに宜しくお願いします」と挨拶していた。

夫婦二人から始まった家族写真。

長女が加わって、次女が加わって、長男、次男、

6人家族になって撮った年賀状用の写真は8枚で終わった。

次男が8歳の冬だった。

5人家族になって撮った年賀状用の写真が既に5枚目

家族全員が写るのは年に一回。

恒例行事だっただけに家族写真を撮る時は主人がとても近くに感じられる。

この写真にも私と次女の間に映っているような気がする。

満面の笑みで。